栄枯盛衰

2006/09/15 23:15:56

テーマ:思うこと

祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。驕れる者も久しからず、ただ春の夜の夢の如し。猛き人もついには滅びぬ、ひとへに風の前の塵に同じ。

平家物語。私の大好きな物語である。特に好きなのがここ、祇園精舎の事と、敦盛最後の事、直実が言う「~助け参らせんとは存じ候へども、味方の軍勢雲霞の如く候~」そして「人間五十年~」、信長が好んで舞ったというのも気になるところで、ずっと心の中に繰り返し出てくるフレーズだ。暗誦も出来る(^^)v

この底流に流れているのは、弘法大師が請来した般若心経にも現われる、「諸行無常」「諸法無我」の教えだろうし、人の世は山谷山谷、良い事もあればよくないこともある。どちらが良いと言うことではない。それこそが栄枯盛衰である。失敗は成功の母。成功こそ試練ともいう。

いま、大変であっても、続けていれば必ず変わる。変化する。変易する。中国から伝わる易経も同じ事を説いている。人の世は変わる。易わる。易経の英語訳は「The book of change」。ユングが訳したものだ。

どんなことがあろうとも、挫けず、へこたれず、前を向いて歩いていこう。このコトバを合言葉に私はご縁をつないで生きたい。

私の家は以前立川市にあった。明治から昭和にかけてそれは大層な事業を展開していたようである。当時の当主(私から言うと曽祖父)がやり手で、大正7年には千葉で資本金300万円の会社を設立しその代表となっている。今の貨幣価値で言うと1万倍らしい。立川には製氷工場
があり、一族はそれは贅沢な暮らしをしていたらしい。祖父なんかは毎日仕事が終わると立川から車で1時間かけて銀座まで飲みに行っていたようである。そんな暮らしも終戦で、詳しく言うと曽祖父の他界で一変する。祖父は曽祖父の秘書として事業に携わっていたのだが(曽祖父は字が書けなかった)、祖父の代になった途端、方向性を持てず右往左往するうちに戦中戦後のドタバタの中で事業は解体。一瞬のうちに資産も消滅している。祖父も55歳で他界し、その後、父の代には細々と生き残り現在に至っている次第。そんな話を聞かされて育ったせいか、私はまだそれほど経験していないが(~~; 絶頂とどん底は生々しい耳学問として残っている。

いま、絶頂にある人は気をつけてね(^_-)-☆